本の紹介
著者 窪美澄
刊行 2017.3
ある時期ある現象に悩まされる主人公の壱晴。辛い過去を背負いながら仕事の家具職人を続ける中、一人の女性との出会いが彼のこれからを変えていく。人の命の重さや儚さを描いたラブストーリー。
本の感想
家具職人と聞いたらお堅めのおじさんを想像する人は少なくないだろう。職人という言葉がそういう連想をさせるのかもしれない。しかしここで出てくる家具職人の主人公壱晴は、下半身がだらしない30代という設定。壱晴の師匠は引退し、同期も別の職につき一人で工房を切り盛りしている。物語は友人の結婚式に出席した次の朝、壱晴の知らない女性がベットの横で寝ているところから始まる。私自身そんな経験をしたことないし、逆にそういう経験したことある人はどれくらいいるのだろうかと思った。私から見た壱晴の第一印象は、女好きのチャラい家具職人という感じだった。どんな修羅場の恋愛物語なのだろうと読み進めた。少し読んでいくと壱晴の体に毎年起こること「記念日反応」という心的外傷による病気を知った。私はこの病気について初めて知ったので実際に調べてみたところ、強いストレスやトラウマ、大切な人を亡くした日が近づくと体調が悪くなったり気分が落ち込んでしまうなどの症状が出るものらしい。なんて辛いものなんだろうと思った。私ならきっと耐えられないだろう。
そんな壱晴と出会うのが桜子という男性経験がほとんどない女性だった。本気の恋愛をしない壱晴と本気の恋愛をしたい桜子は、最初こそダメそうだなぁと思ったが段々と思いを寄せていく。何よりちょっとしたことで浮き沈みする桜子が可愛かったし、男性経験がほぼないからこそ見ていて楽しいところもあった。一方壱晴は桜子を過去に好きだった人に重ねているんだろうなと思うところが多かった。その人が原因で記念日反応が発症してしまったのだけれど、桜子と過去に好きだった人真織は家庭環境なども似ていた。ネタバレになるので詳しくは書けないけれど、記念日反応を克服するために医者から勧められた方法で、過去にトラウマ的要因が起こったその場所にもう一度行ってみるという方法があった。しかし一人ではなく誰かと一緒に。最終的に壱晴はそこにいくことになるんだけれど、ここから先は自分で読んでみてほしい。
壱晴は少し自分勝手すぎるなぁと思った。桜子と恋愛経験の違いはあれど、自分のトラウマを克服するために桜子を利用したと見る人がいてもおかしくはない。その延長線上に恋愛という感情があったのか、桜子のことが好きになってその後に自分の症状を克服しようとしたのか。後者だとは思うが、真織との共通点から運命的な何かを感じたのだろうか、なぜ桜子だったのかは読み取れなかった。
本書を読んでいくうえで欠かせないのが、壱晴の師匠である哲さんだ。哲さんは壱晴が記念日反応の症状が出る1週間ほど工房に来て手伝ってくれていた。私は哲さんが一番好きかも知れない。壱晴のことを気にかける姿や、多くは語らないけど誰よりも壱晴を評価している哲さんがとてもいい味を出している。壱晴が桜子の椅子を作る時も最後まで気にかけていたし、何より壱晴を自分と同じ轍を踏まないようにしてくれたのは本当に感動した。哲さんが壱晴を褒めるシーンがあるのだけれど、とても感動して泣きそうになった。家具職人の哲さんだからこそ出てきた愛おしい言葉あるので紹介する。
「・・・・・・あの人だけを休ませる椅子を作りたかった。あの人がそこに座って、少し休んで、また、立ち上がるための」
引用 332頁 やめるときも、すこやかなるときも (集英社文庫)
この一言で哲さんがどれだけその人を愛していたか、どれだけ優しい人なのかがわかる言葉だと思う。ただ愛する人のために椅子を作りたかった哲さん。壱晴に投げかけたこの言葉があったから壱晴は前を向いて桜子の椅子を作ることができたのだと思う。
ネタバレを避けるために大まかな筋しか感想を書かなかったが、命の儚さや恋愛に対する考え、そして何よりも大事な人を思う気持ちが目一杯込められた一冊だった。窪美澄先生といえば男女の生々しい恋愛を描くのが得意な先生だと思うが、こんなにも愛おしくて儚い話も書けるのだと改めて凄さを思い知った。そして私の大好きな本の一冊になった。