本の紹介
著者 町田そのこ
新潮社
発行年 2023年
本の感想
この本は5つの物語からなり、どれも個性的なおばあちゃんが出てくる。各章のタイトルも個性的だ。笑ってしまいそうになる話もあれば、人間の黒い部分が出てる話もある。そのどれもが話の中心におばあちゃんがいる。亡くなったおばあちゃんが残してくれた物や思い、自分より年上のおばあちゃんが教えてくれた人生の教訓。どの話を読んでも心に根を張るように染み込んでいくものばかりだった。
私は初版で買ったので表紙の裏に限定エッセイが載っていた。町田そのこ先生の本書に対する思いや著者が残したい思いなどが書いてあり、初版で買ってこのエッセイを読めて良かったと思った。
タイトルだけで笑ってしまいそうになる「ばばあのマーチ」主人公の香子が道を歩いていると、オーケストラばばあという近所では有名な女性と出会う。オーケストラばばあは食器を箸で軽快に叩いて1人定期コンサートを開いている。そのばばあとの会話をきっかけに香子の人生も変わっていく。色んな思いが詰まった物、私たちが毎日使っているコップや食器。私たちは気付かぬ内に物に思いをこめて使っている。その一つ一つに思い出があって、時には捨てたくなるし時には人に受け継ぐ人もいる。それでもどうしようもない時にオーケストラばばあが近くにいたら、私は会いにいくかもしれない。いや、こんな素敵な人ならきっと会いにいくだろう。
「くろい穴」というお話。主人公の女性は不倫している。その男性が奥さんからの伝言で、主人公が以前作った「渋皮煮」をまた作ってほしいと頼まれる。その「渋皮煮」がおばあちゃんから受け継いだレシピのものだった。この話では教訓や思いではなく、レシピという形として再現できるものを受け継いでいる。それは目に見えないものよりもはっきりとしているのに、少しの手違いで全く違うものになってしまう。形として結果が現れるのではっきりと見えてしまう。人生の先輩から受け継いだものを大切にしていくのか、汚してしまうのかは受け取った側の匙加減で決まってしまう。それを汚してしまったら、思い出も何もかもがマイナスの方向に行ってしまうのだろうと思う。
私たち人は必ず死ぬ。動物的な死は避けられない。その人生の中で後世に残せるものはあるだろうか。今の私には全くないと言ってもいいだろう。しかし私もおばあちゃんから受け継いだものがある。そうして物や思いを後世に受け継いでいく。私もこれからの人生での経験を誰かに対して残せるかもしれない。受け継がれたそれが少しでもその人に寄り添ってくれたら私は嬉しいなと思った。